一日一編の法話 動画など
中国小説西遊記の孫悟空は「如意棒」で思いのままに天空を操り、お釈迦様の方力によって鎮圧され三蔵法師に随伴して天竺から
大乗経典を持ちか言った怪猿です。
「如意」とは思いのままになること。お釈迦様は「人生は苦なり」と説かれていますが、人生は思いのままにはなりません。
「人は生まれて喜ばれ、老いて邪魔にされ、病人で嫌がられ、死んで忘れられる」という言葉のように意のままの人生は歩めません。
苦労の性質が違うだけで誰にでも、どこにでも艱難辛苦、「人生行路難し」です。
人間は「独り」という深いめざめの中で淋しさを知ります。
「あなた」は「私」になることはできないのです。
誰一人をして代わってくれる者はいません。生ぜしも一人、死するも一人なり。
どこにいても私は一人、たった一つの命にめざめた人生。
この「ひとり」の自覚を忘れてはいませんか。
この世の幸、不幸はより合わせた縄のように常に入れ変わりながら変転します。
このことはあらかじめ定まった門から入ってくるのではなく、自らの所業が招くものです。
死について「朝(あした)ひは紅顔ありて夕べには白骨となる」命は今あると思っていてもいつ終わるか分かりません。
この言葉を頭で分かったつもりで生きています。災害は外からばかり来るとも限りません。 むしろ自分自身の内にあることに気が付きたいものです。
5月の新緑はすがすがしい。 しかし五月病のときでもあります。
寝不足からくる神経症的な状態はつらいですが、そういう時期こそ先祖のおかげで今があると、感謝の気持ちになれば道は開けます。
聖者は悪い友人(悪知識)に恐れよといいます。
私たちを悪い方へ導く悪知識(邪悪な者)をおそれ、善知識(良い方へ導いてくれるよい友人)を求めれば救われるとあります。
ご先祖様の全知識を信じて、自分の身近にいる良き友人を大切にして生きていきたいものです。
人間、病気には勝てません。
病気になったら正しい治療を受け、病気にとらわれず逆らわず同様したいで休むことです。
ひざを擦りむいても時間がたてば自然に治るように、心の病も同じです。
生きていくのに肉体への栄養は更に必要です。
心への栄養とは喜び、感謝、感激、感動すること。
その栄養源を時々取り入れて気持ちをゆったりとくつろぐことは大切です。
特に楽しみは心を癒す良薬です。
一度しかない人生です。心を癒して病を吹き飛ばしましょう。